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プラバスタンNa錠「KN」、「メバトルテ錠」、「プラバメイト錠」、「プラハピーク」、「プラバチン錠」、「マイバスタン錠」、「メバン錠」、「アルセチン錠」


大手どころでは沢井製薬が「プラバチン錠」、東和薬品が「マイバスタン錠」、日医工が「メバン錠」、大洋薬品工業が「アルセチン錠」共和薬品工業がプラハスタテンNa錠「アメル」、小林化工がプラバスタンNa錠「KN」、大正薬品工業が「メバトルテ錠」、大原薬品工業が「プラバメイト錠」、東洋ファルマーが「メバロカット錠(○五年発売中止、現在「プラハピーク」として発売中)、サンノーバが「リタックM錠」というように、それぞれどこかメバロチンに似たイメージを喚起させるネーミングで続々とジェネリックを発売したのだ。

 まさにかつての「ゾロ品」そのままに、ぞろぞろと後発薬が投入されていく。

 ピークは過ぎたとはいえ、それでも年間一〇〇〇億円ほどを売り上げる超大型医薬品のジェネリックだ。業界平均の一六%シェアを取ることができれば、一六〇億円にも達する。小規模企業の多いジェネリック業界においてはこれも巨大な数字として眼前に現れた。

 折からジェネリック医薬品に対する行政側の援護が続く。医療費削減を至上命題に掲げる厚労省がその先兵としてジェネリック医薬品の普及を本格支援しはじめてきたのがこの頃。業界平均の一六%くらいのシェアは簡単に取れるとジェネリック側も予想していた。三〇%くらいはとれるかもしれない、と皮算用もしていたことは容易に想像できる。

 確かに価格面ではジェネリックの普及後、メバロチンの価格はすさまじいまでに下落する。

 メバロチンは五ミリグラムと一〇ミリグラムの錠剤があるが、前者はピーク時一七五円だったのが、ジェネリック発売前は一一七円にまで下かっていた。それが現在では六八円九〇銭と、ピーク時の半値以下。

 一〇ミリグラム錠も、ピーク時三三五円だったのが現在では百二円四〇銭と半値以下に下落している。

 もちろんこの間に二度の薬価引き下げがあったとはいえ(○四年には業界平均を大きく上回る一一%の大幅引き下げ、○六年にも九・七%の大幅引き下げが行われていて、この大幅値下げはジェネリック側の多大な貢献といえるだろう。その意味では厚労省の思惑は図に当たった。

 ジェネリック各社の価格は低下しかメバロチン薬価のさらに二千五割程度も安い水準にある。本来的には、これで売れないはずがないのである。

 しかしジェネリック各社にとっては思ったほど売上げを伸ばすことができないでいた。

 メバロチン三共側の反撃が強烈だったからだ。三共が打ち出した「手段を問わない」防衛策

 何か何でもメバロチンを守れ。手段は選ぶな。

 という檄が三共のトップからMR全員に飛んだ。メバロチンの基本特許が切れて、大量のジェネリックが出回ることが確実になった頃だ。

 三共はそのメバロチンに次ぐ大型新薬を出せないでいただけに、開発が間に合うまでになんとか稼ぎ頭に出来るだけ長く稼ぎ続けてもらわねばならなかった。それだけに、「手段を問わない」防衛策を次々と打ち出していく。

 まず、ジェネリックが大量に出回り始めた○三年八月には、ジェネリック五社を不正競争防止法で地裁に訴えた。

 大洋薬品工業日医工などの大手も含まれていたが、これら五社はメバロチンと酷似した包装シートが使われていた。しかも一〇ミリグラムには緑色の横線、五ミリグラムには赤色の横線が入って区別していたのも酷似していた。早い話、メバロチンと間違って使われてしまう懸念があったのだ。

 さらに翌○四年四月には山形の日新製薬を、五月には東菱薬品の「メバレクト錠」にたいして、特許侵害で販売差し止めと損害賠償を求めて提訴した。

 メバロチンの物質特許は切れたが、製品安定化技術に関わる特許は残っていた。有効成分のブラバスタチンを含む製剤を長期間貯蔵しても成分を変化させずに品質を安定化させる特許で、いずれも億円単位の損害賠償を求めたもの。

 最終的には和解したものの、日新製薬も東菱薬品もせいぜい全社の売上げ数十億円規模の、まさに中小企業。影響力などほとんどない。それでも彼らに対して数千億円規模の大企業が訴訟を起こすことで、ジェネリック側に対して強烈な先制パンチとなった。三共の「本気度」が内外に知れ渡ったものだ。

 一連の訴訟はニッチだからといって何やっても良いよ、ということではないという宣言といえる(ちなみに東洋ファルマーが「メバロカット」を発売中止したのは、製品名が類似していたため)。

 それに次いで正攻法の営業活動を繰り広げる。