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なぜジェネリックが普及してこなかったのか

 

 ジェネリック医薬品に追い風が吹いていることはわかるが、しかしこれまでなぜジェネリックが普及してこなかったのか。

 ジェネリック医薬品が世に出始めたは戦後の一九五〇年頃。沢井製薬が四八年の設立、東和薬品が五五年の設立だから、すでに半世紀にもわたってジェネリックは確実に存在していた。

 もちろん、普及の環境がろくに整つていなかったという事情がある。高度成長時代から連綿と厚生省はジェネリックをほとんど無視してきた。ジェネリック白身もかつてはゾロ品といわれた日陰の存在だった。その存在さえろくに知られていなかったのである。

 厚生省も医薬品業界も八〇年代半ばごろまではなにがなんでも新薬重視で、かつてはろくに効かない制がん剤を夢の新薬ともてはやし、大量投与して稼いでいたものだ。効かない分、副作用もなく、処方すればするほど、巨額の薬価差益が入ってくるから、医療機関も新薬メーカーも大儲けする構造になっていた。しかも圧力団体たる日本医師会の力は圧倒的で行政も手の施しようがなく、また、右肩上がりの成長を続けている問は、ふくれあがる医療費の負担も苦にならず、先送りし続けてきた。

 医療費負担が重くなりこれは将来的にまずいとなった時に、やっと注目されたのがジェネリックだったというわけだ。ここ一〇年あまりのことである。

 しかし、いかに制度的・環境的に整っていなかったとはいえ、ジェネリック医薬品というのは、それほどまで商品力がないものなのか。そんなはずはないわけで、歴史的にジェネリック医薬品が普及してこなかったのは、外部の環境はさておいて、ジェネリック各社の怠慢があった。彼らに内在する要因が自ら普及を妨げてきたのである。

ジェネリック医薬品の特徴とメリット

 ジェネリック医薬品というのはきわめて有力な特徴を持っている。

 まず、開発コストがかからない。すでにある先発品と同じ成分を使うのだから、薬効も保証済み。一品目あたり数子万円程度の開発費ですむという。

 開発コストがかからないというのは、二つのメリットがある。

 一つは先発品に比べて圧倒的な低価格を実現できるということ。これはすでに何度も述べた。患者にとって先発品の三~七割も安い低価格でくすりが手にはいることは医療費の負担がぐんと軽減されるわけで、歓迎すべきこと。わざわざ先発品を指定する患者はそう多くはないだろう。

 そしてもう一つのメリット、こちらがより重要なのだが、すでに実績のある先発品と同じものを発売するのだから、リスクがない、ということである。

 出せば売れるということだ。絶対に在庫になることがない。企業人であれば、このメリットはいかに優れたものであるかわかるだろう。

 新薬メーカーのように一品目五〇〇億円もかかるような開発費は不要。しかもそれでも実際に製品化されるかは最後までわからない。開発の初期の段階で有効性が確認できなければ開発中止の決断もしやすいが、後期の段階になって開発中止となれば、新薬メーカーの経営的な痛手はあまりにも大きすぎる。ジェネリックにはそのリスクがない。

 また、ジェネリックであればあらかじめどのくらい売れるかは簡単に予測できる。先発薬が作った市場があるから、そこからどの程度売れるか予測し、生産することができる。在庫リスクもまったくない。絶対に損をすることはないのである。このメリットも企業である限り、きわめて大きい。他の業種では望んでも望めない状態といえる。

 これだけのメリットをジェネリックメーカーは経営の基盤に持っているのだ。これをベースに、新薬メーカーに対抗する勢力に育ってもおかしくはないはずだ。

 だが、彼らは過去連綿として日陰の存在であり続けた。

 そこには複数の原因が重なり合っているが、最大の原因は彼ら白身が日陰のポジションに安住してきたことだ。

 ゾロ品と軽んじられようと、後発品を出していさえすれば、大儲けすることはないが、会社がつぶれることはない。目立たないようにニッチ市場に特化していき、そこそこ利益も出せて、企業として存続していける。

 まさにぬるま湯にどっぷりで、わざわざ新薬メーカーに挑戦するかのような波風を立てる必要はない。

 こうした志向が染みついている以上、彼らが表舞台に立つことはなかった。

 実は彼らの一部にはいまだにその考えから脱却できていない。厚労省や環境の追い風にいちばんとまどっているのは彼らかもしれない。この点についてはもう少し後で述べる。

 

 

 

ジェネリックがこれまで普及してこなかった要因

 それ以外にジェネリックがこれまで普及してこなかった要因は二つある。
 ①供給への不安
 ②品質への不安   ゛

 この不安が払拭されなかったために、ユーザーたる医療機関がジェネリックを使うことに慎重になっていたのである。

 ②低価格による薬価差の小ささ

 という問題もあるが、これ自体は制度的な要素が強く、内在的な要因とはいいにくい。高い薬価がっけられる先発薬が本気で値引きして納入されたら、その差額の大きさでジェネリックの出番はない。

 安定供給に不安があるということは、医師だけでなく患者にとっても不安の種であった。

 いったんジェネリックを処方されて飲み始めたが、ある時期で終わり、また別の薬に変えられたりしたら、患者の不安は余計に膨らむ。それは患者側の心理であって、理由なくクスリを替えることへの不安は大きいのである。

 医師にとっても信用に関わる。ある患者にはジェネリックを使い、同じ病気の別の患者には先発薬を使うというのでは問題だ。患者の横のネットワークで発覚したら、言い訳のつけようもない。

 しかも生活習慣病など長期にわたる疾患が年々増加しており、使用する薬も長期にわたって服用しなければならない。だからこそ費用の面からもジェネリックの需要は高かったのだが、いかんせんいつ在庫がなくなるかわからない相手と継続的に取引するわけにはいかない。

 また、せっかくある分野の薬をジェネリックに切り替えたのに、ほしい時に在庫が切れていたというのでは、切り替えた意味がない。つまり安定的に供給が確保できる先発薬との取引も切ることができず、同じ薬効の複数の医薬品を仕入れなければならない、その手間も煩雑になる。

 こうしたところから、医師側かジェネリック使用に一一の足を踏んできたというのが過去の歴史である。

 ジェネリック側もぶ冗り切れごめんこという営業方法を採っていた。

 新薬の特許切れに合わせて、予測できるだけのジェネリックを生産して販売する。予定量が完売すると、それ以上は作らない。その段階で収益を確保し、そこから先はリスクだから、リスクを取りたくないという企業の考えなのだろうが、結果的に自分で自分の信用を落としてしまうことになった。

 もちろん、売れ筋は再度生産ラインに乗せていくが、さほど使用量の多くないジェネリックや、先発薬の健闘などで予想ほど売れなかったジェネリックはさっさとあきらめて次のジェネリックに取りかかる。

 このほど厚労省ジェネリック側にいったん発売したジェネリックは最低五年間継続して取り扱うように通知した。また、先発薬が数種類の容量を出していれば、ジェネリックも同じ種類を常備するように求めたのも、行政側もジェネリックの安定供給に不安を感じていたからに他ならない。