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育種と遺伝子組み換えの相違

 デトロイトモンサント社の研究所を訪問した際に、説明にあたった担当者は、遺伝子組み換えは従来の育種技術の延長に過ぎないことをしきりに強調していた。我が国でも、そのようなことを力説してきた開発関係の研究者や行政担当者たちが多数いる。彼らは、消費者は育種技術でつくられた野菜や果実を何の疑問も持だないで食べているではないか、にもかか
わらず遺伝子組み換え作物・食品だけが何かと批判されるのはおかしい、とも述べてきた。遺伝子組み換えのほうが育種よりも正確に遺伝子が組み換えられるという見解が浸透している。

 我が国の厚生省や農水省関係の係官も、ほぼ同様なことを述べてきたし、役所の広報にもそのように書かれてきた。さらに、一部の生協の組合員向けの解説書にも、そのようなことが記載されていて驚かされたことがある。一部の企業の関係者や官僚たちが、消費者は一握りの遺伝子組み換え反対派に扇動されている、非科学的である、神経過敏である、などというときに、ほとんどの場合に、この「育種の延長」説が持ち出されてきた。

 育種技術は大変歴史が古く、人類が農耕をはじめて以来、今日まで受け継がれている。私たちが訪問した米国のUSDA(農務省)のARC(Agricultural Research Center)でも、97年度の研究実績では、今日でも遺伝子操作よりも育種関連の開発研究件数のほうが多いことが目についた。

 育種と遺伝子組み換えの相違は、次のような点で示される。

①育種では原則的に同種あるいは近縁種間での交配を行う。遺伝子組み換えでは種の壁を越えて、直接遺伝子の組み換えを行うことがある。育種では動物と植物というような組み合わせで新生物をつくることはありえない。しかし、遺伝子組み換えでは、微生物、動物、植物そして人であれ、それらの遺伝子を原則的に自由に組み換えて新生物をつくることができる。

②育種は生物レベルでの、遺伝子組み換えは遺伝子レベルでの新生物創造技術である。育種では自然界で起こりうる、たとえば、花粉とめしべの接触を人為的に行わせて、受精の確率を人為的に高めてやるという操作を行うが、自然界では、原則的に異なった種属間での遺伝子の交換が行われることはない。

③育種では選択過程が重視される。交配によって生まれる多数の子孫、後代を細かく観察して、そのなかから有望種だけを選び出すためには相当な時間が必要である。これに対して遺伝子組み換えでは目標遺伝子が組み換えられて目的とする形質が得られたか、機能が発揮できたかどうかが問題にされる。比較して選び抜くということではない。もちろん、遺伝子操作によって既存の生体機能に変化を来す可能性があるから、慎重な観察が必要な点では同様である。しかし、目的とする特性(traits)を狙って遺伝子を移行させるので効率的に目的を達成できるとされている。観察時間が短くなったからよいのか、長いからこそ慎重に、総合的に問題点を見定めることができるのか、時と場合によるといえるであろう。

④同種または近縁種間での交配によって生まれた育種による新生物の環境、生態系に対する影響は、種間の壁を越えるような遺伝子の組み換えによってつくられた新生物の場合よりもより未知数ではない、つまり、より心配が少ないものと考えることができるだろう。
 
 育種、品種改良では、たとえば、人が蜜蜂に代わって花粉をめしべに運ぶ。どの植物の花粉をどの植物のめしべに運ぶかを意図的に人がきめる。花粉がめしべについて受精するということは自然界に通有の一般的な現象であるが、人が植物の花粉を動物の性器に接触させても全く無意味なことである。しかし、遺伝子組み換えは原則的に自然界では普通ありえないような非一般的な現象を一般化する画期的な技術であることに、その最大の特徴があるというべきである。

 以上の相違点にみられるように、育種技術の発展途上に遺伝子組み換え技術があるとするのは正しくない。遺伝子の組み換えという点では、これらの技術にかかわらず、生物は日常的に遺伝子の組み換えを行って子孫を残している。重要なのは育種と遺伝子組み換えには技術としての歴然とした、隔絶した相違があるということである。だからこそ、遺伝子組み換え作物・食品の場合には、全世界的に、従来の育種、品種改良では全く問題にされてこなかったような、開発時点での隔離が原則とされ、市販に先立つ検証、審査が行われ、規制の必要性が問題にされ、表示の必要性が論議されているのである。

 J・M・ベルトは「遺伝子工学とそこから出てきたバイオテクノロジーの要所は、自然が種間に設けた性の壁の埒外で意のままに限りなく遺伝子を混交することにある。つまり遺伝子工学の目的は自然が分けへだてた遺伝子を結びあわせることにあるわけだ]と述べている。