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遺伝子の知的所有権について

 遺伝子そのものに知的所有権を認めることには批判的な見解が多いが、遺伝子の組み込みに関する技術的な方法が特許の対象となることには異論がない。遺伝子組み換えの技術開発を先行した米国の企業は、組み換え技術自体についての大方の方法に関する特許権を保有している。我が国では、古くから応用微生物学が進歩しており、遺伝子組み換えについても当然先行することが期待できたはずであった。しかし、太平洋戦争のあと、米国がワトソン、クリックのDNA構造の発見のあとを受けて、物理化学、分子生物学の分野から遺伝子組み換え技術の開発に取り組んだのに対して、折り悪しく、我が国ではこの時期が敗戦直後の混乱期であったために、遺伝子操作にかかおる基礎技術の開発には完全に立ち遅れることになった。

 1998年1月にモンサント社の研究所を視察した際に、アメリカ人の研究員が遺伝子組み換え終了後の細胞を組織培養する技術は、日本人の研究者が開発した方法を用いていると語ったことが印象的であったが、もしも、この技術が特許の対象となっていたら、我が国は遺伝子組み換え技術
の根幹を押さえることができていたであろう。

 他方で、遺伝子の組み換えによってつくられた新規の生命体が知的所有権の対象となることについては、大方の合意が成立しており、たとえば除草剤耐性の遺伝子組み換えダイス、害虫抵抗性の遺伝子組み換えトウモロコシなどについては開発者のモンサント社が特許を保有している。我が国では従来、特許は本来製造物に対してでなく、製造方法に関して与えられるものであるという考え方が有力であったが、米国では古くから製造物についても特許を認める考え方が根強くある。しかし、たとえば、採集した動植物の遺伝子の構造や特性を先進諸国の企業や研究者が先行的に解明して、遺伝子操作によって新規に製造した作物などに、一方的に特許を設定して権利を主張することは、遺伝子資源の保有や提供にかかわる途上諸国の権利を一切無視することにつながってくる。したがって、この問題は今後、生物多様性条約やWTO世界貿易機関)協定などの世界的な協議の場
で、十分論議されることが必要になるであろう。

 科学技術庁農水省、厚生省などのガイドラインによる遺伝子組み換えのための技術や、結果的に生成した新規の乍物の審査、検証は開発者や企業が固有の特許にかかわる情報の非公開を前提とした、一切の研究開発作業の無びゅう性を全面的に信頼することを前提としてきた。これは遺伝子組み換え操作が安全である、とする大前提にもとづくものであり、問題があることはいうまでもない。商品を市場に出す直前になって、はじめて安全性の審査、しかも第三者による客観的な実験にもとづく確認を省略した不完全な検証作業が行われる。かりに問題があったとしても発見が困難であり、しかも問題含みのまま認証された、それらの種子や作物・食品が特許の対象となって手厚く権利が保護されることになる。

 企業側は特許の申請を行ったあとの、認可待ちの期間に、重要な組み換え技術の内容を完全に公開するようなことはしないであろう。安全性の審査にかかわる特許の障壁は取り除く必要がある。

 特許が与えられ、公的な認証がえられた複雑な組み換え技術の詳細を他社や第三者の研究者が再現して、比較実験をすることはないであろう。したがって、特許の壁による技術の独占はいよいよ強固なものにならざるをえない。このままでは将来的に開発企業側が社内秘として見逃してきたような微細なミスが思わぬ被害を生み出すようなことがないとはいえない。