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審査する側の主観的、恣意的な解釈やあいまいな判定

 

 パズタイ博士の動物実験はイギリスの医学雑誌『ランセット』にも発表されているが、研究発表では110日までのレクチン発現ジャガイモの動物投与実験で、脳を含む器官のいくつか、あるいはほとんどで重量が低下した。また短期間(10日)の実験で、肝臓の機能低下が認められ、脾臓や胸腺などの免疫器官が影響を受けた。免疫力の低下も認められた、ということである。この発表は特にヨーロッパでは大きな衝撃を与えており、研究者の間でも論争が行われている。これは1996年にガイドライン制が定められた当時には未発見の事実であり、今日では消費者は実際にこの食品を長期的に摂取する主体者として、遺伝子組み換え食品自体の毒性試験の成績を最も重視するようになっていることを忘れてはならない。

 食品添加物、特に天然物系の食品添加物の審査と認証は、①既存の食品衛生法によるものと、②今回の遺伝子組み換え食品の安全性の審査の法的義務化での審査基準によるものとの2系統が認められることになった。後者ではアミノ酸、ペプチド、蛋白質酵素、ビタミン類のような生理活性物質などの登場が考えられるが、このままでは企業は①の急性、亜急性、慢性毒性などの資料提出が第一義的に要求されない②の審査、認証の場合を選ぶようになるであろう。しかし、たとえば、アミノ酸の一種であるトリプトファンが米国で大規模な人体被害を発生させたように、遺伝子組み換え技術によって製造された天然系の生理活性物質であっても、毒性試験は第一義的に厳密に実施されなければならないことはいうまでもない。少なくとも②の審査の場合でも、①の審査の場合と同様に、必ず動物への投与実験を実施して、急性、亜急性、慢性毒性試験や、特に発癌性、特殊毒性試験などの成績の提出を厳格に義務づける必要があると思われる。

報告された安全性の審査基準案では、すべての審査項目についての判定に際して、次のような不明確な表現が用いられている。

  「影響が明らかであること」、「安全性に問題がないと判断されること」、「安全性に問題がないと認める合理的な理由があること」、「原則として相違ないものであること」、「物理化学的な処理に対する感受性が高いことが認められること」

 このような抽象的、定性的な表現が全体的に認められる点については注意する必要がある。審査する側の主観的、恣意的な解釈やあいまいな判定を許す場合があるからである。化学物質の安全性の審査の場合には、このような不正確な表現が用いられることはない。

 審査基準案の「生産物の既存のものとの同等性に関する事項」の記述では、この審査のあいまいさが一層明確になっている。すなわち、組み換え植物が宿主植物と「同等とみなしうる」とは、「既存の食品(種子植物)を比較の対照として用いるという方法をとる考え方が適用できるということであり、ここで、(1)から(4)までに掲げる各要素について総合的に検討し、当該植物と既存のものが、「おおむね全体として食品としての同一性同等性を失っていないと客観的に判断される」ということである。

 以上の記載での「同等性」認定のあいまいさは目を覆うばかりであり、審査主体の解釈、裁量で同等性の判断が大幅に左右される危険性があることがわかる。これでは、およそ科学的な審査の名に値しないというべきである。その(3)の食品の構成成分などに関する資料の1)では「宿主植物および組み換え体の構成成分(蛋白質、脂質など)の種類およびその量の概要」となっているが、たとえば、今後増加することが予想されている成分増強成分、減殺組み換え作物・食品について、以上のような、「おおむね、全体として」、「同一性同等性」を[失っていないと判断できれば]などというような抽象的な解釈が行われることが予想される。