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次世代糖尿病治療薬『DPP4阻害剤』:ジャヌビアを狙う武田薬品

 

 

 糖尿病は飽食と連動不足に特徴づけられるライフスタイルの広がりで、特に先進国で深刻な問題になっています。現在の糖尿病の大半は生活習慣からくる2型糖尿病と言われます。国際糖尿病連合(IDF : International Diabetes Federation)の発表によると、世界の2007年現在の糖尿病人口は2億4,600万人、2025年には3億8,000万人に増加すると予測されています。そのうち米国では2,830万人、2025年に4,050万人と予測されています。

 血糖値を制御するホルモンとしてはインスリンが有名ですが、糖分を口から摂取すると、糖分を血管に注射するよりも、インスリン作用が高まることが知られています。この調節を行っているのがGIPやGLP-1などのインクレチンです。DPP4は、血糖値を低下させるホルモンであるインクレチンの分解に関与しており、DPP4を阻害するとインクレチンのレベルを高めることができます。DPP4阻害剤によってインクレチンのレベルを高めると、血糖値を下げるべきときに下げ、糖分の供給がないときには必要以上に血糖値を下げないことが実現されます。このため、DPP4阻害剤は血糖値を下げながらも低血糖のリスクは高めないと言われています。

 2006年に米国でメルクが発売したDPP4阻害剤ジャヌビアは、メトフォルミンという糖尿病治療薬と併用すると血糖値を下げる作用が増大する一方、低血糖のリスクを上昇させないことが示されました。発売直後から売れ行きは好調に推移しています。

 糖尿病になり血糖値の高い状態が続くと、血管がボロボロになり様々な合併症が発症します。なかでも3大合併症と言われるのが、手足のしびれなどに始まり。最悪の場合には足の切断などにつながる神経障害、人工透析などにつながる胃障害、失明などにつながる網膜症です。膨大な糖尿病患者が最終的に合併症を発症したときの医療費の負担は計り知れないものがあります。

 日本では、人工透析を導入した理由の43%が糖尿病によるものです。人工透析にかかる年間医療費は約1兆円にも上り、医療費の約30兆円の3%強を占めます。こうした事態を避けるためには食事と運動による生活習慣の改善が重要ですが、血糖値を安定的に低く抑える薬物療法の役割も欠かせません。

 

 武田薬品工業が社運をかけて米国で開発を進めているのが、アクトスに続く次世代の糖尿病治療薬です。特に最近注目を集めているDPP4(ジペプチジルペプチダーゼ4阻害剤というメカニズムの薬であるSYR-322(開発コード)への期待が高まっています。

 SYR-322はもともと武田薬品工業の研究所で生まれたものではありません。米国のバイオベンチャーであるシリックス(現武田サンディエゴ)を武田薬品工業が買収することによって獲得した新薬候補品です。このように買収などで外部資源を取り込んで、成長戦略を描くというやり方はかつての日本の製薬企業にはなく、新しい成長のあり方としてもその成否が注目されます。

 武田薬品工業は、糖尿病領域ではアクトスの売上が2006年度に米国で2,773億円に達しました。しかし、アクトスの特許は米国で2011年に切れてしまい、その段階で糖尿病領域に品揃えがなければ、築き上げた販売インフラの価値も消えてしまう恐れがありました。

 そこで、2005年にシリックスを買収し、シリックスが保有していたDPP4阻害剤SYR-322の開発、販売権を手中に収める決断をしました。買収対価は2.7億ドル(約320億円)でし
た。シリックスは当時製品売上がなく、研究開発を支出するだけの会社でした。また、SYR-322などに関してシリックスが締結していた第三者との契約関係を整理するために、さらに追加の支出もあったと言います。したがって、その時点では投資に対してリターンは見えにくい買収だったと言えます。

 しかし、このように将来の成長のために、技術力などの知的財産を取り込む買収は、世界の大手製薬企業の間では日常的に起きています。武田薬品工業によるシリックスの買収は、知的財産を巡る世界レベルの競争に日本企業が参戦した象徴的な出来事だったと言えるでしょう。

 DPP 4 阻害剤は、糖尿病治療薬の第一選択薬となるポテンシャルがあります。既存薬を上回る血糖降下作用は示しませんが、低血糖や浮腫、肝障害などの重篤な副作用の発現率は低く、扱いやすい薬剤と言えます。

 SYR-322は2006年TL月にフェーズ3試験を開始し、2008年前半にも米国のFDA(食品医薬品局)に承認申請をする計画で開発を進めています。メルクのジャヌビアが安全性の高い糖尿病治療薬として好調な滑り出しをみせたことで、DPP 4 阻害剤の将来的な市場の拡大に期待が高まっています。

 一方、ブリストル・マイヤーズスクイブやノバルティスなども独自のDPP 4 阻害剤を開発しています。これらに先んじてSYR-322を発売できるか、そしてより重要なことですが、臨床試験で優れた有効性や安全性を示すことができるかに注目されます。現在の予想では、SYR-322は4番手、5番手のDPP4阻害剤になるとされています。 しかし、ペストシナリオでは、ジャヌビアに次ぐ、2番目の薬剤になる可能性があります。