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英会話が好きな人は自己陶酔タイプ

 

 Be careful even in small matters.

 人はスピーチでは判断できない。人の価値は、その人の質問の内容で決まる。世の中には、話す方が好きな人と、聞く方が好きな人がいる。話し好きな人は、自己陶酔タイプが多く、質問されることを好まない。だから脇が甘い。

 英会話が好きな人は、英語に酔いやすい酩酊体質が多いので、相槌を打ったり簡単な質問をすると、すぐに呼吸が乱れ、英語も乱れてくる。

 そういう人は、英語でコミュニケートしようとするより、自分自身に話しかけて(talking to oneself)、悦に入っていることを顕わにしていることになる。そういう人の英会話の相手をさせられたら、黙って聞きながら他のことを考え、相手のガスを抜いてやる。これでその人のフラストレーションが解消され、家庭が円満になると考えれば、人助けとなる。しかし、時間と争っている武蔵タイプの人間なら、二度とそういうタイプの人間の相手をしない。

 スピーチ・タイプは、好きな内容と嫌いな内容の二つに分け、関心事だけに耳を傾けるので、その人の記憶はselective memory と呼ばれ、思いやりに欠けるところがある。

 一方、ディベート・タイプは、情報収集に熱心でインプットに力を入れる。ディベーターは、同じくディベート好きな人を求め、learning relationship (互いに学はうと誓い合った関係)を結ぼうとする。このグループの中にスピーチ・タイプが迷い込むと、必ず浮き上がってしまう。そして、スピーチ派はこんな捨てぜりふを残して去る。

 (私は、みんなと仲良くしたいのに。ディベート好きで争うやつなんて、嫌いだ。)このタイプは、自分をスピーカーとして常にリスナーを求める人だ。いつも「和が大切だ」と熱っぽく説きながら、どこへ行っても、和を乱す原因が自分にあることを知らない

 自分が発している毒気に気づかない人は気の毒だ。このタイプは、英語をやればやるほど鼻持ちならない日本人と化していく。わずかなことに気づき、ピシッと叱ってくれる武蔵タイプの人間に出くわさなければ一生浮かばれない。

〈第九に、役にたたぬ事をせざる事〉

 Do not do anything useless.

 英語の道を究める、とは英語の武芸者になることである。低語という刀を斬るために用いる人にとり、他流試合は避けられない。斬るための刀ではなく、見せるための刀なら、芝居小屋でおもちゃの刀を振り回す旅芸人か、大道芸人である。

 自分はこれだけボキャブラリー(語彙)があるとか、これだけの認定証や翻訳スキルを持っているとか、シェイクスピア英語の大家であるとか、英語を見せびらかすための小道具として生計を立てている人は、旅芸人や大道芸人と変わるところがない。旅芸人は、他流試合を好む武芸者からは学ぽうとはしないが、真の武芸者は、旅役者からも“芸”を盗もうとする。道を求める人は、役に立つことはだれからも、たとえ旅芸人からでさえ学ぼうとするから、貪欲さのスケールが違う。

 役に立つか、立たないかという判断基準は、自らを英語の武芸者であると想定し、自覚したときに、自ずから決定されるのだ。

 武芸者は、ひるまず猛進する。そして逃げられない。だから、勇気がいる。そしてつきあう人間も勇猛な人間に絞る。強いやつにつきあうと強くなる。愚痴が多く弱いやつとつきあうと、弱くなる。

 英語の真理を求める者は、面目にこだわってはならないOl英語に強い相手を求めることだ。日系米人でもガイジンでも、自分より英語のできる相手には近づくことだ。そして“技”を盗むことだ。その意味で、武芸者は芸人でもある。芸人は芸を盗む人だ。芸の肥やしは、そのためのものである。大いに遊ぶことは、決して無駄ではない。

 芸人にとり、芸の盗めない相手は、無用の長物である。いかに社会的地位の高い人であれ、富豪家であれ、義理でつきあっている女であれ、利用できないものは役に立たないので、クールに距離を置くことだ。武芸者にとり、いい女(男)とは、芸の盗める相手でなければならない。lookではない、あくまでSkillsである。『英語は格闘技』 松本道弘