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医薬品開発は野球と同じ:ホームランを狙いすぎると打率が下がる

 

製薬企業の経営陣の最大の関心事の1つである「研究開発の生産性」の問題です。過去十数年、米国製薬工業協会(PhRMA)の所属企業の研究開発費は一貫して上昇していますが、米国で承認された新薬の個数はむしろ低下傾向にあります。厄介なことに、実はこの原因がわからないのです。この原因を皆が納得のいく形で説明した人はいません。原因がわからないから今後改善する保証もないのが現状です。

 研究開発の生産性低下の理由をいろいろとあげることは可能です。例えば、技術が進んで薬を世に出す前に調べることが増えたため、以前よりお金がかかるようになったというものです。そういう面もあるでしょうが、それだけではどうも説明がっきません。筆者の解釈は次のとおりです。要するに、ブロックバスター志向が関係していると見ています。ホームランを狙いすぎて大振りしたため打率が下がったのではないかと考えています。

 なぜ、ホームラン狙いになるのか? 次の現象からそのからくりがわかります。過去10年の製薬企業の売上成長は、販売品目数が増えるというより、一部の大型製品のそれぞれが売上拡大することによっています。

 例えば最大手のファイザーの売上高は、合併・買収もあり1998年から2006年までに4倍以上に増えました。しかしその問、主力製品(ここでは売上上位10品目とする)が全医薬品売上に占める割合は、77%から69%とそれほど変化していません。単純化すると主力製品の売上サイズは4倍に拡大したことになります。

 当時はこのブロックバスターのさらなる大型化こそビジネスの成功の王道だったのです。主力製品の売上規模に合わせて、新薬に期待される売上規模も上昇してきます。 1990年代後半頃から大手製薬企業は、例えば「5億ドル以上の売上が見込まれない製品は開発しない]といった方針を述べることが増えました。まさにホームラン狙いの思想です。

 野球ではホームランを狙い過ぎると、打率が下がりがちですが、医薬品開発でも同様な面があるのではないでしょうか。第一に、意思決定を歪めるためです。医薬品の研究開発の効率を左右する大きな要素に、意思決定の質の問題があります。成功するテーマには粘り強く取り組み、失敗するテーマをいかに早く見極めて止めるか。難しいことですがきちんとできれば開発の効率は上がると思われます。

 1990年代以降の製薬企業で多発した「商業上の理由で開発を断念する」という判断は、研究開発テーマを純粋に見極める姿勢を歪めたと思われます。その結果、巨大市場を狙えるが必ずしも質は良くない開発テーマを濫造したのではないかと思われます。第二に、巨大市場を狙う開発テーマはより八イリスクになります。臨床試験の規模が大きくなり、証明すべき薬効も微妙な差を狙うリスキーなものになりがちです。

 研究開発の生産性は、今後はどうなるのでしょうか? 生産性低下の原因が、ホームラン狙いによる打率の低下だとすると、見通しは悲観的です。先に見てきたようにブロックバスターが狙い撃ちされる状況では、打率はますます下がるでしょう。

 ただ、最近の大手製薬企業は、臨床試験の初期(フェーズ1やフェーズ2)にあるテーマが充実してきていると主張しています。いよいよポストゲノムの成果が出てくるというわけです。確かに、FDAの統計では、米国で臨床試験入りする開発プロジェクトの数は年々増加しています。この動きに関しては、今後とも展開を見守る必要があります。

 しかし、初期のテーマ数が増えたからといって、将来新薬の数が増加すると判断するのは早計でしょう。研究開発賞が増えたから、将来新薬の数が増えるとは言えないことと回しです。打率の低下を考慮しなければなりません。

 実際、研究開発の生産性は早期に自律的には回復しないと、製薬企業自身が認めたと受け取れる例も出てきました。アストラゼネカは2007年に、米国のバイオ企業メドイミューンを152億ドル(1.8兆円)で買収しました。買収によってアストラゼネカは、メドイミューンの45の開発パイプラインを獲得することになります。

 アストラゼネカは「メドイミューン買収によってバイオ関連の開発パイプラインの比率が7%から27%に引き上がった」と胸を張りました。これまで集中してきた自社の開発テーマより、これまで手薄だったバイオ関連の開発テーマの方が有望であると証言したようなものです。そして、自社による軌道修正では間に合わないと判断したために、企業買収という道を選んだと考えられます。

 また、メドイミューンの買収価格は同社の前年の売上高の12倍と、企業買収の専門家から見ても相当割高な水準でした。それだけ払っても開発テーマを取り込みたいという強いニーズに加え、他にも3社が買収めぐって競合したため買収価格がつり上がった側面もあるかもしれません。

 ブロックバスターによる成長モデルが崩れ、研究開発の生産性は低下したまま今後上向く自信が持てない。これが大手製薬企業の置かれた状況です。投資家、株主の力の強い米国では、彼らの要請もあり製薬企業はこれまでのビジネスモデルを見直し始めました。過去を否定し、新しいビジネスモデルを創造することが課題になります。