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第一三共

 2005年に売上高業界2位の三共と同6位の第一製薬の経営統合が発表され、約2年の準備期間を経て2007年4月に統合会社の第一三共としてスタートしました。国内のMRは業界最大級の2,300人体制となっています。経営統合に際して、医療用医薬品以外の事業の売却を進めましたが、総合ヘルスケア企業を目指すことから、OTC事業は逆に買収によって強化しました。風邪薬ルルや新三共胃腸薬の他、買収で得たカスター10などを販売しています。

 三共は、高峰譲吉が発明したタカヂアスターゼを販売するために1899年(明治32年)に三共商店として設立されました。塩原又策、西村庄太郎、福井源次郎の3人の共同出資で設のlされたことが三共の名の由来です。高峰譲吉は渡米し世界で初めてアドレナリンの抽出に成功するなど世界的に著名な学者でした。

 タカヂアスターゼは、高峰がデンプンを分解する酵素ジアスターゼを植物から抽出したもので、米国パーク・デービス(現ファイザー)によって製品化し、全世界で販売されました。タカヂアスターゼは、食物の消化を助ける薬として現在でも第一三共が販売しています。

 その後、戦争で工場などが大きな被害を受けましたが、1951年発売の抗生物質クロロマイセチン、1977年の抗がん剤クレスチン、1986年の鎮痛剤ロキソニンなどによって業績を拡大させました。飛躍の契機は、世界的にも画期的なHMG-COA還元酵素阻害剤(コレステロール低下剤)メバロチンの開発成功です。国内で1989年に発売し、ピーク時の1998年度には1,288億円と国内売上最大の薬品になりました。米国ではブリストル・マイヤーズスクイブに販売権を譲渡し、末端売上でピーク時の2003年には16.05億ドル(約1,900億円)に達しました。

 メバロチンの成功で企業体力をつけたこともあり、いよいよ海外展開に乗り出します。 1996年に国内で発売した新メカニズムの糖尿病治療薬ノスカールを、翌年には米国で現ファイザーとの合弁会社から発売しました。しかし、2000年に重篤な副作用が発生し、世界市場で販売停止という事態に至りました。

 しかし、この挫折を乗り越えて、降圧薬ベニカーを米国販売子会社(現:第一三共インク)から2002年に発売します。メバロチンの特許が2002年に日本で、2006年に米国で切れて業績が圧迫される中、全世界でオルメサルタン(ペニカーの一般名)の売上が拡大し、2006年度には世界売上1,575億円にまで拡大しました。

 一方、第一製薬は1915年(大正4年)に梅毒治療薬サルバルサンの国産化を目的としたアーセミン商会として創業されました。戦後は合成抗菌剤のトップメーカーへの道を歩みます。 1964年には合成抗菌剤の先駆けであるウイントマイロンを発売しました。 1985年には国内で合成抗菌剤タリビットを発売、300億円を超える製品に育てました。

 1993年にはタリビットの単一の光学異性体であるクラビットを発売、ピーク時の2005年度には502億円にまで拡大しました。米国では、タリビットは1991年にフロキシンの名称で、クラビットは1997年にレバキンの名称で、ジョンソン・エンド・ジョンソンによって発売されました。 2006年にはジョンソン・エンド・ジョンソンによる欧米の売上で15.18億ドル(1,800億円)にまで拡大し、第一一製薬の業績には輸出売上とロイヤリティ収入の形で貢献しました。

 2007年に第一三共として正式にスタートしました。引き続き降圧薬オルメサルタンが世界市場で拡大し、業績を押し上げると見込まれます。しかし、主戦場である米国市場では、次々と新薬を発売し続けなければ、特許切れが事業継続に支障をきたしかねません。そのため第一三共は、海外でオルメサルタンに続く新薬の開発に力を注いでいます。その成果が今後の第一三共の命運を決めるといって過言ではないでしょう。