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アステラス製薬


 2005年に、当時売上高業界3位の山之内製薬と同5位の藤沢薬品工業が合併して、武田薬品工業に次ぐ国内2位のアステラス製薬が誕生しました。

 山之内製薬は、↓923年(大正12年)に医薬品メーカー山之内薬品商会として大阪に設立、1942年には東京に移転しました。戦後、抗生物質市場が拡大する中、1970年には抗生物質ジョサマイシンを発売し実績をあげました。1980年代からは、高齢者を中心とした慢性疾患の治療薬の拡大の波をうまく捉えました。

 1981年には降圧薬ペルジピン、1985年には抗潰瘍剤カスター、1993年には排尿障害治療薬ハルナールを発売しました。2000年には米ファイザーからのライセンス導入によりコレステロール低下剤リビドールを発売しました。これらの製品の順調な拡大により1980年には国内で売上高業界8位から2000年には3位にまで上昇しました。

 海外展開については、ジョサマイシンで輸出ビジネスをスタートし、続くカスター、ハルナールは海外でともに10億ドルを超えて大型化し、輸出による業績の拡大を享受しました。しかし、輸出ビジネスのため、末端市場での売上の大型化の割に獲得する利益は限定的でした。そこで、米国での自社販売を志向し、2001年に米国の販売子会社を設立し、2005年にはグラクソ・スミスクラインの共同販促を受けて尿失禁治療薬ベシケアを発売しました。

 一方、藤沢薬品工業は、1894年(明治27年)に大阪で薬問屋である藤澤商店として創業されました。和漢薬の取り扱いから、洋薬の輸入を経て、医薬品メーカーへと発展しました。1971年には、注射用抗生物質セファメジンを発売、輸出ビジネスでも成功を収めました。

 藤沢薬品工業の今日まで誇れる実績は何といっても免疫抑制剤プログラフでしょう。臓器移植の拒絶反応を抑える薬として世界的に標準薬の地位を獲得した、日本発の画期的な新薬の1つに数えられます。日本で1993年に世界に先駆けて発売、1994年には米国および英国で、その後欧州主要国でも順次発売されました。 2006年度には、全世界で1,754億円の売上をあげました。ニッチ市場を対象にしたこともあり、充分な事業基盤を持だない米国市場において単独自社販売の形態でビジネスを立ち上げることに成功し、高い収益性を実現しました。

 山之内製薬藤沢薬品工業の両社は医薬品以外へも幅広く事業展開していましたが、1990年代以降事業売却などにより医薬品への集中を進めました。山之内製薬は、診断薬、栄養補給食品、パーソナルケア製品、食品、花卉の事業を、藤沢薬品工業は飲料、動物薬、食品工業用洗剤、活性炭、化成品の事業を切り離しました。合併してアステラス製薬となり、カスター10などでおなじみのOTC薬事業を第一三共に売却し、医療用医薬品がほぼ100%を占める業態になりました。

 中期的な見通しにおいて重要なのは、収益の柱であるプログラフの特許が米国で2008年に切れることです。また、ハルナールの原末輸出やロイヤリティ収入も、2009年の特許切れ以降には縮小が見込まれます。こうした特許切れによる業績の落ち込みをカバーして、成長軌道を描くことが求められます。欧州で2004年、米国では2005年から販売しているベシケアの収益の拡大によって、特許切れをどこまでカバーできるかが焦点です。また、2010年代の成長を担う新薬開発の成果に注目されます。さらには、2006年度末の手元流動性が約5,000億円と潤沢であり、これを使ったライセンス導入や企業買収などで新薬候補を獲得することも切り札になるかもしれません。

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