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塩野義製薬

 1878年(明治11年)、初代塩野義三郎が、大阪道修町にて和漢薬を取り扱う薬問屋、塩野義三郎商店として創業しました。1909年に自社新薬の第1号としてアンタチヂンを発売し、製薬メーカーへと転進しました。戦後は1953年にイーライ・リリーから権利を得て抗生物質アイロタイシンを発売し、以降抗生物質の販売で存在感を示しました。

 1966年のケフリン、1970年のケフレックス、1982年のシオマリンおよびケフラール、1988年のフルマリン、1992年のセフテム、1993年のブロアクト、1997年のフロモックスと、次々に抗生物質の新薬を発売しました。 1981年発売の塩酸バンコマイシンは、抗生物質の多用に起因するメチシリン耐性ブドウ球菌MRSA)に効果を示し、主に院内感染に対して使用されます。こうして国内最大の抗生物質メーカーとなり、ピーク時には医療機関におけるMRの存在感から「営業の塩野義」と称されました。

 しかし、1980年代から、抗生物質の使いすぎが耐性菌を生み出したとの認識が広がり、抗生物質の使用量が減り始めました。薬事工業生産動態調査における国内の抗生物質製剤の生産額は、1982年の約8,600億円をピークに減少に転じ、2006年には3,000億円を下回るに至りました。抗生物質で隆盛を極めた塩野義製薬の存在感もこうした環境変化に伴って低下していきました。 2006年度においても、塩野義製薬のトップ3製品はフロモックス(306億円)、フルマリン(133億円)、塩酸バンコマイシン(129億円)であり、引き続き逆風を受けそうです。

 抗生物質に頼らない体質の確立を目指した新薬開発にも成果があかっています。その最大のヒット商品が、塩野義製薬で発見されたコレステロール低下剤クレストールです。 2003年にはライセンス先のアストラゼネカによって米国および欧州で、2005年にアストラゼネカと共同販売により日本で発売されました。コレステロール低下剤は80年代後半から新薬が次々と発売され、巨大市場を形成していました。 IMSによるとコレステロール低下剤の世界市場は2006年には352億ドル(42兆円)に達しています。

 米国には同一薬効の先行品がすでに6品ありましたが、クレストールはこれまでのどの薬剤よりもコレステロールの低下作用が強いという特長がありました。しかし、それと引き換えに場合によっては死にいたる横紋筋融解症という副作用が起きるのではないかと疑われていました。運動団体による販売停止を要求する動きもありましたが、2005年にFDAはクレストールの副作用は類似薬と同等であるという見解を発表し、副作用の懸念は遠のきました。

 クレストールの2006年度の売上高は米国で11.5億ドル(1,377億円)、欧州で8.8億ドル(1,056億円)であり、なおも拡大中です。塩野義製薬には、多額のロイヤリティ収入がもたらされ、その額は2006年度には194億円と、本業の儲けを示す営業利益289億円の3分の2に至っています。塩野義製薬が2006年に発表した中期経営計画では、2009年度にはクレストールを中心にロイヤリティ収入だけで600億円に拡大すると見込まれています。

 クレストールからの収益が拡大している間に、抗生物質への依存度が高い国内の営業力の回復や、クレストールに次ぐ新薬を発売することが課題です。