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大正製薬

 大正製薬は、1912年(大正元年)に創業年にちなんで大正製薬所として事業を始めました。 1946年に上原正吉が社長に就任、以来上原家がオーナー経営者として大正製薬を大衆薬のトップメーカーへと発展させます。上原夫妻は、経営の神様と言われた松下幸之助を抑えて高額納税者の筆頭にあがるなど、事業家としての成功を世に示しました。また、上原正吉は事業のかたわら、30年間国会議員を務め、1965年には科学技術庁長官にも就任しています。

 [ワシのマーク]で親しまれている大正製薬の代表的な製品としては、1927年(昭和2年)発売の咳正め薬パブロン(現在は総合感冒薬)、1953年の皮膚病薬ダマリン、1957年の目薬アイリス、1960年の鎮痛剤ナロン、1978年の大正漢方胃腸薬があります。

 しかし、何と言っても大正製薬の最大の製品は、1962年発売のドリンク剤リポビタンDでしょう。 1960年代にはプロ野球巨人軍の王貞治選手を広告タレントに起用、1977年には「ファイト一発」のキャッチフレーズを採用、スポーツマンイメージのタレント起用により強力なブランドを築いていきました。大衆薬のトップメーカーとして、流通においても直販方式、株主特約店制度などの形で、指導力を発揮しました。

 医療用医薬品に関しては、1991年に抗生物質クラリスを発売、2003年度には276億円と最大の売上をあげています。また、海外ではアボット・ラボラトリーズがバイアキシンの名称で発売し、特許料収入も入りました。 1990年代後半には、米国のバイオベンチャーとの提携に、日本企業としては積極的に乗り出し、新薬開発力の強化を図りました。 2001年には田辺製薬との経営統合を発表しましたが、後に破談となりました。その後、2002年に富山化学工業との資本提携を実現しました。 2004年からクラリスの特許が国内外で切れたため、これによる収益の減少をどう補うかが今後の課題です。

 大正製薬の事業の本丸と言える大衆薬でも、今後は変化の激しいときを迎えそうです。まず、リポビタンDのブランドをいかに発展させるかが注目されます。 1999年に規制緩和でドリンク剤のコンビニエンスストアなどでの販売が始まり販売量は一時的に伸びましたが、消費者のニーズの多様化などもあり、売上は年々減少傾向にあります。

 一方、医療用医薬品の成分を大衆薬に転用したスイッチOTCが、医療制度改革の一環として、新たな事業機会を生み出しそうです。ダイレクトOTCの発毛剤リアップが発売初年度の1999年度に297億円売り上げたことが鮮烈な印象として残っています。また、2005年に養命酒製造資本提携しましたが、大衆薬業界のリーダーとして業界再編の核になる可能性もあるでしょう。