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欧米人と話すときは、静と動を使いわける

 

 英語武芸者の道は厳しい。英語のココロ(soul of English)を求めるがゆえに、自給白足のためにリスクを恐れない独行道を求めるからだ。

 心を居付かせる(固定させる)と、英語も固定する。このように自由自在に変化する心を固定させないことが、剣で、そして英語で勝つ方法である。この定義できない心を、頭でなく、腹で読めば、武蔵の心の琴線に触れ、次の原文の心が見えてくるはずだ。

く静かなる時も心は静かならず、何とはやき時も心は少しもはやからず。心は躰につれず、躰は心につれず、心に用心して、身には用心をせず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあまらせず、うへの心はよわくとも、そこの心をつよく、心を人に見わけられざるやうにして、少身なるものは心に大きなる事を残らずしり、大身なるものは心にちひさき事を能くしりて、身のひいきをせざるやうらず、広くして、ひろきもひたとみがく事専也。ものごと よしあし物毎の善悪をしり、
、我にごも心きまたり世間の人にすこしもだまされざるやうにして後、兵法の智恵となる心也。兵法の智恵において、とりわきちがふ事有るもの也。戦の場万事せはしき時なりとも、兵法の道理をきはめ、うごきなき心、能々吟昧すべし。〉

 読書百遍意自ら通ず、というが、多忙な読者のために、蛇足ながら我流の解説を加えてみたい。

 武蔵は外柔内剛(soft outside tough inside)を説いている。

 心を上に下に、右に左に、偏りなく(heartで)広げるとはまさに水のspiritである。だが、<天下の利非をわきまえ、物事の善悪をしり〉と、mindを使えともいう。兵法の知恵とは、動かざるsoulのことである。いかなる戦場においても、兵法の道理(principle)がうごきなき心とは、どう考えても水の原則(water principle)である。

 私か欧米人と議論、交渉をする場合に、肝に銘じていることがある。それは静と動の使い分けである。

 く静かなる時も心は静かならず、何とはやき時も心は少しもはやからず〉

 この表現にはしびれる。

 外見でsoul {静)を演ずれば、内面はspirit (動)である。 soul outside, spirit inside が私の表現である。これだけではわからないから、こう加える。

 Outwardly spasmodic, inwardly firm.

 spasmodicとはjerkyと同じく、発作的に動くことだ。猫のようなagility (鋭敏さ)であるが、その心は常に安定(firm)している。猫は、いくら宙に投げても、地上に降下する時はつるっと四つ足で立っている。中心を失わないからである。私はこの猫からヒントを得て、柔道で3段になれたようなものだ。何十回も投げられても、倒れない妙技を教えてくれた、猫のお陰である。

 猫のjerkyな動き、あの敏速な前足で私か差し出した右手を振り払おうとする。その前に、私の手を引けば勝ち。しかし、どうにも逃げられないのだ。あのスピードの正体が、spiritだ。観音の千本の手である。

 観音をsoul(静)とすれば、千本の手は、spirit(動)である。

 武道の心得は、外面が動なれば、内面は静に保つことである。

 動と静の違いに触れたところで、今度は翻訳道(soul Translation)の本論に入る。

『英語は格闘技』 松本道弘