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英語好きには変人が多い


 英語をやればやるほど英語が大きくなり、人間が小さくなれば、それを英語術と呼ぶ。

 その反対に、英語をやればやるほど英語が小さくなり、人間が大きくなるのを英語道と呼ぶ。

 どうも、英語に惚れた人には変人が多い。だから私は、惚れまい惚れまいと、英語との間に距離を置こうとした。宮本武蔵の影響か大きく、いつの問にか私の英語が、道具ではなく武器となった。

 当然、英語がディベートや交渉術に結びついた。

 ディベートは、説得を競う技術である。凡人の解釈はここで終る。しかし、英語を道と考える武芸者の解釈はここで止まらない。ディベートは情報収集の手段である。宇宙の神秘に挑んだ科学者カール・セーガンは、日常からディベートを道具として情報を集めた。負けることにより、より多くの情報を得た。そしてもっと質の濃い情報を得るには、もっと厳しくディベートをすることだ。玉を磨けば磨くほど光るというが、情報(information)もそうだ。ディベートという相互検証の手段を用いて、磨きあえば磨きあうほど、美しく輝くものだ。価値のある情報(intelligence)とは、使える情報(actionable intelligence)のことだ。ディベートというプロセスを経ないraw data や表の(公表された)情報では、criticalな意志決定の役に立たないのだ。

 兵法の目付は、英語武芸者が情報に接する時のそれに似ている。

 武蔵曰く、

 く目の付けやうは、大きに広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、ちかき所を遠〈見る事、兵法の専也〉

 私が一番好きな箇所だ。交渉者・ディペーターには是非、寸熟読玩味してもらいたい箇所だ。

 戦闘の際に、眼のくばりを、大きく広くくばる、とは私流に解釈すれば二つある。

 一つはlookで、もう一つはseeである。すでに述べたlookとseeがここでも通じるが、一言加えておくと、肉眼で見るlookは距離に限りがあるので、視野の及ばない真実に触れるにはseeに切り替えることだ。近くを遠くに見、遠くを近くに見るとは、よく言ったものだ。

 lookとは、見ようとする努力である。集中である。だが、一枚の葉っぱに眼が奪われると、木全体を見失なう。また一本の木ばかりに気をとられると、森全体を見失なってしまうものだ。英語ではmiss the forest for the treesという。そのためには、eye span (読視野)を広げる必要がある。

『英語は格闘技』 松本道弘