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おなかのなかの乳酸菌をふやす食物繊維

 

 食物繊維の摂取と大腸ガンの関係に最初に注目したのは、バーキットリンパ腫(子供の顔面にできるアフリカ特有のウイルス性のガン)の発見者として名高いイギリスのバーキット博士でした。

 長年、アフリカのウガンダで外科医として働いていた博士はあるとき、ウガンダには大腸ガンがきわめて少ないことに気づきました。そして、ウガンダの農民の食事内容、排便量、排泄までの時間などについて調査を行い、彼らが精製していない穀類やいも、豆を食べ、食物繊維の摂取量が多く、また排便量が1日平均470gと非常に多く、排泄時間は平均35・7時間と早い(比較調査したイギリスの学生は排便量104g、排泄時間73・4時間)ことを明らかにしました。

 この結果から、バーキット博士は1971年、精白粉を用いたパンなど、食物繊維の少ない食生活が大腸ガンのリスクを高めるとの仮説を提唱したのです。

 食物繊維には保水性といって、腸内で水分を吸収してふくらむ性質があるため、便のかさをふやし、そこに発ガン物質があればその濃度を薄め、また排泄を早める作用がある。食物繊維の摂取量が少ないと、便のかさが減り、排泄の時間がおそくなるので、大腸粘膜は高濃度の発ガン物質の刺激に長時間さらされることになる。さらに、食物繊維の摂取量が減ることで、腸内菌叢に影響を与え、胆汁酸などから発ガン物質が生成しやすい環境ができるIというのが博士の見解でした。

 この説明には今日では多少の異論はあるものの、それまで食べ物の「カス」としてとり除かれていた食物繊維がこれを境に見直され、「第六の栄養素」とまで呼ばれるようになったのです。

 食物繊維は種類が多く、現在では不溶性(水にとけない)繊維と水溶性(水にとける)繊維に分類されています。

 不溶性繊維は主に植物の細胞壁を構成しているセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどの物質で、エビやカニなどの甲羅に含まれる動物性繊維もここに加えられています。

 水溶性繊維は、主に植物の細胞内に貯蔵されている、ペクチングルコマンナン、アルギン酸などの物質です。ペクチンは果物に多く含まれ、いちごやりんごなどを煮詰めるとジャムになるのはペクチンが糖分や酸と反応するためです。グルコマンナンは棡原村のお年寄りがよく食べていたこんにゃくや里いもに多く含まれます。アルギン酸はわかめなどの海藻のぬめりのもとになる繊維です。

 バーキット博士が調査を行った当時は食物繊維といえば、セルロースなどの不溶性繊維をさしていました。不溶性繊維は博士の指摘したとおり、たしかに保水性に富み、便のカサをふやす効果があるものの、乳酸菌にエサとして利用されることによって、腸内菌叢を改善する効果が大きいのはむしろ水溶性繊維であることが今日では明らかになっています。

 理化学研究所の行った実験によると、こんにゃくに含まれるグルコマンナンをエサにまぜてラットに与えたところ、すべてのラットの腸内からビフィズス菌が検出されましたが、繊維を含まないエサを与えたラットでは半数しかビフィズス菌が検出されませんでした。しかも、検出されたビフィズス菌の数は、グルコマンナンを食べたラットのほうが1000倍も多かったということです。

 もっとも、乳酸菌は不溶性繊維も食べないわけではなく、たとえば米ぬかに含まれるヘミセルロースをラットに与えると、腸内のビフィズス菌数がふえ、生成される乳酸や酢酸によって盲腸内のpHが低下し、腸内環境が改善されることが確かめられています。おそらく乳酸菌の好物に順位があり、小さな粒子状やたくさんの穴がある複雑な形をした水溶性繊維のほうが利用しやすく、分解も早いのですが、ほかに何も食べるものがなければヘミセルロースなど一部の不溶性繊維も食べるだろうと考えられています。食物繊維の摂取はこのように腸内菌叢を改善することにより、大腸ガンに限らず、さまざまなガンのリスクを減らすことにつながると考えられるのです。

 最近の研究では、ある種の食物繊維が乳酸菌に食べられて分解されると、植物ホルモンと呼ばれるエストロゲン(女性ホルモン)に似た物質をつくることがわかってきました。乳ガンのプロモーターとなるエストロゲンは、細胞に作用する際、細胞内にあるエストロゲンーレセプターと呼ばれる一種のタンパク質に結合しますが、植物ホルモンが血液中に存在するとエストロゲンと競合してこのレセプターに結合します。しかし、その作用はエストロゲンにくらべ非常に弱いので、結果的にエストロゲンによるプロモーションを抑えると考えられています。

 植物ホルモンはすでに20種類以上みつかっていますが、特に大豆など豆類の繊維がその材料となるようです。豆類は食物繊維の効率のよい摂取源でもあります。納豆やおからを毎日の食卓にとり入れれば、乳ガンの予防になるかもしれません。