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ソニ一会長の英語

 

 武蔵は言う。

 く太刀はふりよき程に静かにふる心也。或は扇、或は小刀などつかふやうに、はやくふらんとおもふによつて、太刀の道ちがひてふりがたし。それは小刀きざみといひて、太刀にては人のきれざるもの也。〉 この小刀きざみの太刀というのが、國弘正雄氏が戒めるチーチー・パッパの英語である。幼児の英語、そして帰国子女の英語は早い。しかし斬れるとは限らない。

 斬れる英語は太刀(long sword)である。小刀とは、short sword のことだ。小きざみとはchoppingのことだから、まさにチーチー・パッパの英語となる。Victor Harris氏は、この箇所をこのように英訳されている。

 If you try to weild it quickly, like a folding fan or a short sword, you will err by using short sword chopping ・…You cannot cut a man with a long sword using this method.

 小刀きざみで自己満足している哲学なき幼児教育だけを責めているわけではない。今はインターネットの時代、これからは英会話と、すぐに英会話学校を駆け込み寺とばかり飛び込んだり、ハウツー英会話読本をどっさりツンドクする大人たちの安易な(哲学のない)態度に問題があるのだ。

 英語をやるなら敵が斬れるa long sword (太刀)を学ぶべきだ。この太刀は、どっしりと重いものである。

 国際的な経営者として誉れの高かった故盛田昭夫氏(ソニ一会長)は、英語のアウトプットよりインプットに強い人物だとお見受けした。かつて私か日興證券の社長秘書をしていた時に飛行場で渡辺省吾会長から紹介された盛田氏と1等席で隣の席に座ったことがある。日経新聞で「ソニーの株価55円、経営危機か」とホットに報道されていた時だ。日経新聞に目もくれず、ペーパーバックを黙々と読んでおられた。その盛田氏が外国人記者クラブでスピーチをされた時は、武装した武士という感じがした。「あなたがた、外国人経営者には、sixth-sense (第六感)というものがない」という不躾だが、小気味良い発言をされていたことが思い出される。決して英語は流暢ではない、しかし、大上段で打ち込む氏の英語の剣勢は、薩摩の示現流を思わせる。いっぱつ太刀を打ちおろして相手を即死させる、そしてそれが失敗したら自分か即死する、といった殺気を周囲に感じさせていた。まさに太刀だ。幼児時代に学んだ英語では決してない。指揮者の小沢征爾氏の英語も流暢ではない。しかし彼の英語はまさに指揮者のタクトになり切っており、多くの外国人にとり囲まれながら、聴衆(多敵)を楽器に変え、自然体で奏でていた。はっと気がつくと、私も語らぬ楽器にされていた。

 空手の達人、大山倍達の英語は聞いたことがないが、あのリズム感と幼児のごとき好奇心があれば、簡単に英語をモノにしただろう。英語と空手を結びつけたのもリズムであった。ソニーの英会話教室が、大山倍達氏と私の対談を企画したことがあったが、二人が一致した点は、闘いとリズムの共通点であった。空手はリズムそのものであるという大山氏は、黒人歌手マイケル・ジャクソンの踊りを見てるとビビときて、こいつはすごい空手家になる、どうしても勧誘したいと思ったそうだ。一芸に秀でた武道家は、ほかのどの道の達人を見ても、ビピッとくる感受性と動物的な勘を備えているのだ。スポーツマン(ウーマン)よりも、武道家の方が、生と死を結びつける道というものに対する自覚が強烈である。それだけに、あらゆる道の人間の力量を瞬時にして見抜く直観力が開発されているのだろう。真の英語武道家は、一を観て十を知る直観力を具備しており、英語という太刀に眼を奪われることはない。論理と直観という二刀の相乗効果の重要性は、繰り返し強調しておきたい。
『英語は格闘技』 松本道弘

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