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構えのない英語のすすめ

 固定は死。

 武蔵の哲学で最もしっかりと私の心を捉えた箇所が、この“流動”の哲学である。

 心も構えも、水の如く流れなければならない。この水の哲理を応用したものが、大阪で私か開いた一出入りが全く自由という一英語道場である。

 いつ、だれが、どこで、どのように、どのような英語を使おうと、いっこうにお構いなし。英語の下に平等という英語道の精神は茶の心と一脈通じる自然体そのものである。英語の上手なもの、下手なもの、皆それなりに美しいものである。いったん英語道場という広場(アゴラ)に集まった人は、職業の貴賤はなく、お互いの英語のお手前を愛であう。「外人ハントで学ばれた英語ですか。けっこうな、お手前。」「お察しの通り、それがしの英語は、受験英語で学びしものゆえ……」といった他愛ない会話が、英語でなされる。

 人はそのような構えを必要としない場を必要とする。お互いの英語を検定しない。そんな環境で使われる英語はまさに野に咲く花だ。英語を話してみたいという人々の衝動から自然に発生した英語の広場で、私は英会話と出会った。そこを英語道場と改名し、さらに進化させた。 20歳そこそこの私は、柔道の「柔」の精神をそのまま英会話という稽古事にまで持ち込んだのだ。場を求めた私か、場により私白身を鍛えることができたのである。

 「構え」を必要としなかった英語道場もいつの間にか、人を惹きつける磁場となった。外国人(アジア人もいた)がふらっと立寄るようにもなった。

 欧米人好みの議会進行の術「ロバーツリレール・オブ・オーダー」に長けたロータリー・クラブの会員が、「ミスター・スピーカー」と、カッコいい英語で緊張感を高めてくれることもあった。帰国子女がネイティヴばりの英語を話し、参加者のド肝を抜くこともあった。大学のESSのディベート・チャンピオンが道場破りにくることもあった。海外留学のためにこの英語道場を利用するものもいた。動機は一切問わない。嫉妬は敵である。司会者(私か、4、5年務めた)が水の心で接すれば、参加者も水の心で接する。私に代ってだれが道場主になろうと、一切、拒絶はするな、嫉妬するぐらいの英語の使い手や、道場破りを歓迎しろ、それがナユワ英語道だと喝破する。

 このナニワ英語道の水の心は、東京ではなかなか浸透しなかった。

 英語道の水の心は、「構え」にとらわれない。「構え」(pose、posture)は肝心だが、それは相手を斬るという目的があればこその話である。敵を斬るのに、これしかないといった構えはない。

 これを武蔵は、「有構無構のおしえ」と呼ぶ。

 太刀は、敵の出方をきっかけとして、その場所により、状況にしたがい、どのように持とうとも、敵を斬りやすいように持つことだ。武蔵はこれを構えあって、構えなしの構えであると説く。とにかく、太刀をとったなら、どんなことをしても敵を斬ることが重要である。もし敵が斬りかかってくる太刀を、うつ、あたる、ねばる、さわるなどということがあっても、それらはすべて敵を斬るきっかけであると心構えよ、という。

 武蔵の問いは一つ。「それが斬れるか」である。 Does it work?である。だから武蔵はどう考えても、哲学者である前にpragmatistなのである。

 Victor Harris氏は,この有構無構をThe Attitude No-Attitude Teachingと述べる。 attitude (私ならpostureやposeを使う)という訳はあまり好きではないが,英英辞典を調べてみると,a bodily posture という訳もあるから,ネイティヴにも通じるのであろう。クンフーの達人で香港映画のスターであったブルース・リーはVictor Harris 訳の「五輪書」の愛読者であったというが,この辺りを何度も読み返したに違いない。

 ブルース・リーが気に入ったと思われる箇所を次に引用しておこう。

 The principle of this is called “Existing Attitude-Nonexisting Attitude.”

 The primary thing when you take a sword in your hands is your intention to cut the enemy, whatever the means. Whenever you parry, hit, spring, strike or touch the enemy's cutting sword, you must cut the enemy in the same movement. It is essential to attain this. If you think only of hitting, springing, striking or touching the enemy, you will not be able actually to cut him. More than anything, you must thoroughly research this.

 あらゆる動作(movement)は,すべて敵を斬る(cut the enemy)ことだという。斬ることを戦略とすれば,構えは戦術なのである。ブルース・リーの構えも,あって無きようなものである。
『英語は格闘技』 松本道弘