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民間保険型のアメリカ

 現代的な社会保障の語源は、 1930年代に制定されたアメリカ社会保障法にあるというのが通説である。しかし、アメリカには全国民を対象とした公的医療保障制度は存在していない。何度か国家レベルでの医療保険構想が打ち出されたが、直近のクリントン構想がそうであったように、すべて挫折している。

 アメリカの公的医療保障は、例外的に65歳以上を対象とした高齢者医療制度(通称メディケア)と低所得者に対する医療扶助(通称メディケイド)が存在する。これらの制度に該当しない大多数の国民は民間保険に加入している。民間保険に加入するといっても、日本のような個人単位の加入ではなく、企業が従業員の福利厚生事業として加入している例が圧倒的に多い。アメリカは医療費が高く医療保険料も高い。そこで、優秀な人材を確保する手段として保険料の全額を企業が負担している。米国企業の福利厚生費の大半は医療保険料で、日本企業の法定外福利厚生贄は利子補給など、住宅関連支出が大きい。

 民間保険の保険料が高額であることから、一流企業従業員以外のアメリカ国民の保険加入には困難がある。このため、医療保険に加入していない国民が4000万人前後いると推計され、無保険者が大きな社会問題になっている。社会問題とは、病院が経営上の理由から医療費を支払えない無保険者に対する診療を拒否するという人道上の問題が1つである。2つには、医療機関が無保険者を受診したとしても、その医療費は保険加入者の医療費に転嫁され、これが保険料を引き上げて保険加入をますます困難にしているのではないかということである。

 初期の民間医療保険は医療費支払額を現金給付する形態で運営されていたが、徐々に変化してきた。診療報酬が統一料金ではないアメリカでは、情報をもたない患者が、高額な病院を選択してしまうことがある。そこで、保険会社は低料金の病院と提携し、提携病院での受診については全額を支払い、他の病院での受診に対しては給付を減額するという差別を設け、提携病院での受診を促すようになった。保険会社と病院が提携した保険組織がHMO (Health Maintenance Organization)である。

 HMOはさらに進化し、80年代後半になると提携病院以外での受診に対する給付は認めず、保険会社が提携病院の診療内容にも介入するようになった。診療内容への介入は厳格な利用審査(Utility Review; UR)と、不必要と判断された診療行為への支払い拒否である。このような医療保険運営がマネージドケアと呼ばれるものである。

 マネージドケアを可能とした条件は、アメリカの医療費がきわめて高いことである。保険料を全額負担する企業にとって、保険会社が医療費抑制に努めることは好ましいことである。他方、病院側には、保険会社はうるさい存在ではあるが患者を次々と送り込んでくれるという魅力がある。企業と病院の双方に、保険会社の介入を受容する理由があった。

 しかし、医療は専門性が高く、企業と病院の利害が微妙に一致したからといって、保険会社が簡単に介入できる分野ではない。保険会社が医療を牛耳るには、それなりの条件が必要である。アメリカでは医療の標準化が進み、標準的医療を前提にした疾病別定額料金(DRG/PPS )が確立されていた。したがって、医師以外の者が比較的容易に医療に介入できたのである。

 マネージドケアはわが国の医療保険者、とくに健保組合が目指すべき理想の保険者像として紹介されてきた。ところが、本場アメリカではマネージドヶアの評判はよろしくない。保険会社との提携病院以外での受診が認められないのは誠に不便である。また、マネージドケアは在院日数の大幅短縮で入院医療費の低減に成功してはいるか、在院日数の短縮は必要な入院治療を縮減して得た成果でもある。このような医療に患者から批判のなかろうはずはない。さらに、早期退院がマネージドケアの規制が及ばない外来への患者シフトを引き起こし、総医療費の抑制効果には疑問かおることも指摘された。以上のような理由でマネージドケアの見直しが行われている。