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 日本の高齢者医療費負担の問題

1)老人保健制度一拠出金を中心に

 医療保険創設以降の半世紀においては、日本の高齢者は医療保険の被保険者あるいは被扶養者として、若年層と同様の取扱いを受けてきた。しかし、72年の改正老人福祉法により、70歳以上の高齢者の自己負担(当時3割)を公費が肩代わりする老人医療費支給制度(老人医療無料制度)が導入され、高齢者は若年者と異なった取扱いを受けるようになった。

 高度経済成長の過程で、産業構造と家族構成は大きく変化するとともに、この時期から高齢化が徐々に進行し始めた。現役を引退したサラリーマンの国保加入が増加し、国保を農業者・自営業者を対象とした保険から退職高齢者(被用者OB)のための保険制度へと変容させつつあった。医療費の高い高齢者を吸収しながらも国保が何とか運営できたのは、是非はさておき潤沢な国費投入によるものであった。

 73年秋に発生した第一次オイルショックを契機として高度経済成長は終わり、その後のスタグフレーション(不況とインフレーション共存)を経て、78年前後には安定成長へと移行した。安定成長下では税収増が望めず財政は緊迫し、増税なき財政再建の掛け声のもとで、公的支出の抑制が強く求められた。

 行政改革を推進した第二臨調は医療・福祉に対する国庫支出の大幅削減を求め、老人医療費支給制度の廃止と、新たな高齢者医療制度の創設を提案した。新たな制度は高齢者の一部負担金を復活させるとともに、負担の平等を大儀名分に掲げて、すべての医療保険制度間で高齢者医療費の財政調整を行う老人保健制度であった。具体的には、老人一部負担金(当初は定額制)を除いた老人医療費の3割を公費負担、残る7割を医療保険各制度から拠出金として徴収するというものであった。老人保健制度に対しては被用者保険グループからの反対が強く難航した。

 被用者保険グループが反対した理由は、老人保健拠出金が国保の老人医療費負担だけではなく、従前の国庫負担金までもが転嫁されることであった。従前の老人医療費は、7割が国保の保険給付費で、3割が公費負担であった。新制度のもとでも3割公費負担は残されたので、7割の国保給付費を全制度に配分する措置のように見える。しかし、国保の保険給付費には、当時、医療費ベースで50%の国庫負担金が投入されていたので、老人に対する給付費に含まれている国庫負担をも医療保険者に配分することになる。そのために被用者保険グループは反対したのである。

 老人保健制度は被用者保険グループの反対を押し切って83年2月に実施された。そして施行後も国保医療費(国庫負担金)をさらに被用者保険グループに転嫁する制度改変が繰り返し行われてきた。90年代以降、被用者保険が存立の危機に立たされているが、原因は高齢者医療費の偏った配分にある。優良と目されていた健康保険組合までが経常収支赤字に転落したが、それは健保組合が保険料収入の4割を老人保健拠出金に引き当てなければならないことによる。老人医療費の公平な負担とは何かを改めて議論する必要があろう。

 個別保険者の老人保健拠出金額は以下の算式で決定されるが、老人加入率は被用者保険グループが低く国保が高いことから、被用者保険への配分が多くなる。

 老人保健制度は高齢者医療費負担の配分が必ずしも公平ではないといった問題とともに、運営責任が曖昧であるという問題を抱えている。すなわち、老人保健の適用を受けるのは75歳以上の公的医療保険加入者であり、医療保険者が一般の被保険者と同様に老人を被保険者あるいは被扶養者として管理する。そして、保険者は被保険者である老人から保険料を徴収する。他方、老人保健受給者証(医療保険の被保険者証に相当)を交付するのは市町村長であり、給付決定(受診の適否と医療費請求の妥当性の判定)もまた市町村長の権限である。保険者とは資格管理、保険料徴収そして給付決定を一括して行う機関であるが、老人医療では資格管理の一部と保険料徴収は医療保険者、資格管理の一部と給付決定は市町村長に分断されている。このような二重構造がコストコントロール責任の所在を不明確にしている。

 2002年の改革により、老人保健制度も若干の変更があった。第1は、適用対象年齢を段階的に5歳引上げ75歳とすることである。第2は高齢者の一部負担を定率1割(高所得者は2割)とし、定額負担を廃止したことである。第3は、公費負担を段階的に3割から5割へ引き上げることである。以上により拠出金の対象となる老人医療費は幾分なりとも減少する。しかし、拠出金算定方法は従前どおりとされたので、被用者保険に偏った配分が是正されたわけではない。

 2)退職者医療制度

 現役を引退した被用者が国保に加入し、これら高齢者の医療費が国保財政を圧迫していたのは前述のとおりである。一方、被用者OBにとっては国保加入により医療保険サービスの低下が余儀なくされていた(当時の被用者保険は本人10割給付。国保7割給付)ので、現役時代と同様の給付を受けたいとの要望があった。財政当局は国保の高齢者医療費負担の軽減を求め、これが引退後の医療保険サービスの充実を求めるサラリーマンの要求と一致し、84年10月に退職者医療制度が設けられた。

 60歳以上70歳未満(創設当時)の厚生年金保険などの被用者年金受給権者は国保の退職被保険者となり、退職者の配偶者などには被扶養者の資格が付与される。制度創設当初の退職被保険者および被扶養者に対する給付は本人9割、家族・入院8割、家族・入院外7割であった。

 退職者医療は国保制度の一環として実施されることとなったが、国庫負担は一切投入されず、その財源は退職者の保険料と被用者保険からの拠出金で賄うこととされた。被用者保険に新たな支出が増えたわけだが財源はなく、そこで被保険者本人に1割一部負担金を導入しその財源に当てることとした。

 老人保健拠出金は個別保険者の老人医療費と老人加入率を変数として決定されるので、拠出金の保険料に対する割合は保険者によって異なる。これに対して退職者医療拠出金は全保険者が標準報酬に対して同一の拠出率で決定されるという相違がある。

 退職者医療制度の財源構成は、退職被保険者が納めた保険料が全体の30%、残りが被用者保険からの拠出金となっている。国保の高齢者偏重を是正するといっても、被用者保険に7割近く依存している状態では国保保険者が財政責任を全うしているとは言いがたい。

 高齢者医療改革においては、老人保健の「二重管理構造」とともに退職者医療の財政責任も明確にする必要がある。